以下は選挙管理委員会に認定された大統領候補者リストです。
並び順は、民間の調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーションが5月2日~3日に行った選挙前の最終支持率調査結果によります。
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Senator Benigno "Noynoy" Aquino III ベニグノ「ノイノイ」アキノ3世(50歳) 上院議員 自由党(LP) http://www.noynoy.ph
「汚職の撲滅」
云わずと知れた故コラソン「コリー」アキノ元大統領と、故ベニグノ「ニノイ」アキノ上院議員の一人息子。マルコス政権下の1981年~1983年には家族と共に米国に亡命している。
帰国してからは主に家族が経営する事業に携わっていたが、1998年(38歳当時)、タルラック州第2選挙区から下院議員に出馬して初当選 した。2001年と2004年にも当選し、2007年の選挙では上院議員に当選。12議席枠のうち6位だった。当時、上院議長補佐にも任命されたが、後にアロヨ大統領の退陣要求を行い、ポストを外された。
次期選挙では、自由党の公認候補だったマー・ロハス上院議員が身を引いた後、党に説得されて公認候補となった。
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Senator Manuel Villar マヌエル・ヴィリアール(59歳) 上院議員 国民党(NP) http://www.mannyvillar.com.ph
「貧困からの救済」
貧しい家庭に生まれたと自称する同氏は、1975年に1万ペソの資金で砂と砂利の商売を初めて以来、数々の事業を営んでおり、不動産開発で 富を得たとして知られている。
米フォーブス誌によるフィリピンの富豪ランキングで2007年は5位、2008年は11位にランクインしている。
1992 年~2001年まで下院議員、2001年から現在まで上院議員を務めている。フィリピン国立大学経営学部卒。
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Former president Joseph Estrada ジョーセフ・エストラーダ(72歳) 元大統領 フィリピン大衆党(PMP) http://www.erap.ph
「大衆の味方」
1952 年に初めて映画に出演して以来、強きを挫き弱きを守るヒーロー役を多くこなし、特に低階層に人気がある映画界の大御所。貧困層が多く住むマニラのトンド地区出身ということも貧困層の支持を得ている理由の一つ。
1967年にマニラ首都圏サンフアン市の市長に当選し、その後上院議員にも立候補 し当選、1987年までの9年間を務めた。1992~1998年に副大統領を務め、1998年には大統領に当選。
しかしながら、様々な汚 職や賭博疑惑で弾劾裁判にかけられ、2001年1月20日にEDSA2といわれている民衆の革命で職を追われる。現在2010年の総選挙に向けて大統領選 に出馬中。
フィリピンの法律は現職を含め大統領経験者が大統領選に出馬することを禁じているが、エストラーダ陣営は6年の任期を全うしなかったため出馬は可能と主張し、その後最高裁判所による判決で認められた。
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Former defense secretary Gilbert Teodoro ギルバート・テオドロ(44歳) 元国防相 ラカス・カンピCMD http://www.gibo.ph
「勤勉な切れ者」
故アキノ元大統領とコファンコ財閥のダンディン・コファンコ氏の甥にあたる。
元タルラック選出の下院議員。華僑が多く通うサンフアン市のザビエル・ハイスクール卒業後、デラ・サール大学を経てフィリピン国立大学、ハーバード大学法学部卒。
日本の商工会議所にあたるマカティ・ ビジネス・クラブで講演した後、同会役員から支持率の低下が著しい与党からの出馬が「致命的」と伝えられている。
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Senator Richard Gordon リチャード・ゴードン(63歳) 上院議員 バグンバヤン党 http://www.dickgordon2010.com
1980年から6年間、当時米海軍スービック基地を持つオロンガポ市の市長を務める。
1992年~1998年、スービック湾首都圏庁の初代長官を務め、米軍撤退後の基地跡地やその周辺の管理を行い、特別行政区となった同地区 への企業誘致に努めた。その結果、フェデックス、エンロン、エイサーなど300件の企業誘致に成功し、基地の撤退によって職を失った者を含め、7万件の就 職先を見出した。また、1996年にはスービック湾へのAPEC誘致と開催にも成功した。
ゴードン氏がフィリピン全国に知られるようになったのは、1990年に発生したルソン島北部の大地震で、比赤十字を率いてカバナトゥアン州 で崩壊した学校の救助活動を行った際の陣頭指揮を行った時だった。元オロンガポ市長、 SBMA長官という立場から米軍との太いパイプを生かし、米軍へ協力 の要請、取りまとめ役を買った。
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Senator Nicanor Jesus “NICK” Pineda Perlas III ニカノール・ヘスス「ニック」ピネダ・ ペルラス3世(60歳) 上院議員 無党派 http://www.nicanor-perlas.com
環 境保全主義者のぺルラス氏は、ミンダナオ島カガヤンデオロ市のザビエル大学農業学部を卒業後、フィリピン初の生態学会を発足し、当時計画されていた12基の原子力発電所を作る計画に反対するキャンペーンを展開した。
1978年のマルコス政権下ではフィリピン原子力発電所委員会の技術アドバイザーに任命されたが、完成したバタアン原子力発電所の危険性を暴露した会議を設定した後に出国した。
1986年、マルコス政権崩壊後帰 国し、当時のアキノ政権ではコンサルタントに任命され、農薬の乱用に反対するキャンペーンを展開。政府の農薬技術審議委員会の会員でもあった当時は、32 の農薬を禁止することで、総合的有害生物管理のために政府に7.6億ペソの投資を引き出し、10万人にのぼる農民の技術研修を行った。
1992 年、ぺルラス氏は在マニラ米国大使館にグリーンカードの返却に訪れる。多くのフィリピン人がグリーンカードを求めている中、なぜ返却をするのかと聞かれた 同氏は、「海外で人助けをすることは終わり、自国を助ける時が来た」と述べたという。
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Senator Ana Maria Consuelo "Jamby" Madrigal アナ・マリア・コンスエロ「ジャンビー」マドリガル(51歳) 上院議員 無党派 http://www.jambymadrigal.com
ストリートチルドレンの育成に務める様々な財団に関係していることを受けて、エストラーダ政権では1999年~2001年の間、大統領府の児童アドバイザーを務める。また、アロヨ政権では社会福祉開発省政 務次官を務めている。
2004年、上院議員選に初当選。しかしながら、この結果は有名女優ジュディー・アン・サントスさんが同氏の選挙活動を支持したためだと言われている。
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Bro. Eddie Villanueva ブラザー・エディー・ヴィリアヌエバ(63歳) バゴン・ピリピナス党 http://www.broeddie.ph/
キリスト教会 Jesus Is Lord Church の創立者。テレビネットワーク局GMAで放映されている宗教番組の司会で知られ、VHF、UHF、ケーブルテレビチャンネルの運営も行っている。
2004 年の大統領選にも出馬したが、最低得票数で落選した。その後、当選したアロヨ大統領が選挙で自分への票をスリ変えたと非難し不正を訴えた。
前回の選挙での不正が今回出馬した理由と述べているが、残念ながら支持率は伸びていない。
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Olongapo City Councilor John Carlos "JC" Gordon de los Reyes ジョン・カルロス「JC」ゴードン・デ・ロス・レイエス(40歳) オロンガポ市議会議員 アン・カパティラン党 http://www.angkapatiranparty.com
オロンガポ市議会議員を2期務めたレイエス候補 は、ゴードン上院議員の甥であるため、出馬表明は同上院議員を支持する一家を驚かせたという。
同上院議員とは違って政治経験は浅いが、祖父はオロンガポ市で初めて選出された市長で、祖母は元オロンガポ市長である。
政治家一家に生まれた同候補だが、世襲政治の廃止を訴えている。
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最終更新 2010年 5月 09日(日曜日) 23:50
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