6月3日、21歳のセールスレディーと元運転手が一等の当選賞金1.88億ペソを山分けしました。長らく一等が出ていなかったことが、普段は興味も持たない多くの市民の興味をも引き付け、大工の父といっしょに当選金を受け取りに来たセールスレディーも2回目の挑戦での当選でした。
宝くじは、当時フィリピンを統治していたスペイン政府が資金集めのために1833年から行っており、フィリピンの英雄ホセ・リサールも1892年に6200ペソの当選金を手にして、全額を教育プロジェクトに寄付をしたと伝えられています。その後フィリピン革命が勃発し、1830年代初め頃に再開案が出されるまで、宝くじの運営は凍結されていました。1832年、フィリピンアマチュア競技協会(PAAF)の元で若者のスポーツプロジェクトを支援するために政府が再開させます。
様々な改革や反対を経て、宝くじを運営する国家慈善宝くじ事務局は1995年に欧米やオーストラリアで行われているオンライン形式の宝くじ(通称ロト)を導入しました。一等の当選番号が出なかった場合、次回に繰り越されるシステムは、毎回当選金を増加させます。一発千金をかける人々の夢を提供する宝くじとして定着してきました。
ちなみに宝くじの廃止運動を行っていた当時の(現)アルフレド・リム、マニラ市長も大当たり金を手にしています。











