以下は選挙管理委員会に認定された大統領候補者リストです。
並び順は、民間の調査機関ソーシャル・ウェザー・ステーションが5月2日~3日に行った選挙前の最終支持率調査結果によります。
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Senator 「汚職の撲滅」 帰国してからは主に家族が経営する事業に携わっていたが、1998年(38歳当時)、タルラック州第2選挙区から下院議員に出馬して初当選 した。2001年と2004年にも当選し、2007年の選挙では上院議員に当選。12議席枠のうち6位だった。当時、上院議長補佐にも任命されたが、後にアロヨ大統領の退陣要求を行い、ポストを外された。 次期選挙では、自由党の公認候補だったマー・ロハス上院議員が身を引いた後、党に説得されて公認候補となった。 |
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Senator 「貧困からの救済」 貧しい家庭に生まれたと自称する同氏は、1975年に1万ペソの資金で砂と砂利の商売を初めて以来、数々の事業を営んでおり、不動産開発で 富を得たとして知られている。 米フォーブス誌によるフィリピンの富豪ランキングで2007年は5位、2008年は11位にランクインしている。 |
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Former president 「大衆の味方」 |
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Former defense secretary 「勤勉な切れ者」 故アキノ元大統領とコファンコ財閥のダンディン・コファンコ氏の甥にあたる。 元タルラック選出の下院議員。華僑が多く通うサンフアン市のザビエル・ハイスクール卒業後、デラ・サール大学を経てフィリピン国立大学、ハーバード大学法学部卒。 日本の商工会議所にあたるマカティ・ ビジネス・クラブで講演した後、同会役員から支持率の低下が著しい与党からの出馬が「致命的」と伝えられている。 |
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Senator 1980年から6年間、当時米海軍スービック基地を持つオロンガポ市の市長を務める。 1992年~1998年、スービック湾首都圏庁の初代長官を務め、米軍撤退後の基地跡地やその周辺の管理を行い、特別行政区となった同地区 への企業誘致に努めた。その結果、フェデックス、エンロン、エイサーなど300件の企業誘致に成功し、基地の撤退によって職を失った者を含め、7万件の就 職先を見出した。また、1996年にはスービック湾へのAPEC誘致と開催にも成功した。 ゴードン氏がフィリピン全国に知られるようになったのは、1990年に発生したルソン島北部の大地震で、比赤十字を率いてカバナトゥアン州 で崩壊した学校の救助活動を行った際の陣頭指揮を行った時だった。元オロンガポ市長、 SBMA長官という立場から米軍との太いパイプを生かし、米軍へ協力 の要請、取りまとめ役を買った。 |
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Bro. Eddie Villanueva キリスト教会 Jesus Is Lord Church の創立者。テレビネットワーク局GMAで放映されている宗教番組の司会で知られ、VHF、UHF、ケーブルテレビチャンネルの運営も行っている。 2004 年の大統領選にも出馬したが、最低得票数で落選した。その後、当選したアロヨ大統領が選挙で自分への票をスリ変えたと非難し不正を訴えた。 前回の選挙での不正が今回出馬した理由と述べているが、残念ながら支持率は伸びていない。 |
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Olongapo City Councilor オロンガポ市議会議員を2期務めたレイエス候補 は、ゴードン上院議員の甥であるため、出馬表明は同上院議員を支持する一家を驚かせたという。 同上院議員とは違って政治経験は浅いが、祖父はオロンガポ市で初めて選出された市長で、祖母は元オロンガポ市長である。 政治家一家に生まれた同候補だが、世襲政治の廃止を訴えている。 |
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