1991年6月30日、マニラ首都圏パラニヤケ市BFホームズの住宅で姉妹と母親の3人が殺害される事件が発生し、そのうちの1人が殺害される前にレイプされていた痕跡が残っていました。
未解決だったこの事件に新しい展開が見られたのが、それから4年後の1995年4月28日。事件発生時に加害者と共に行動していたという目撃者が現れて法廷で証言したことにより、有名人の子息を含む8人が起訴され、6人が逮捕されました。そのうちの1人は元プロバスケットボール選手で当時上院議員だったフレディー・ウェブの子息フバート・ウェブ、そしてもう1人が有名女優ピンキー・デレオンと有名俳優クリストファー・デレオン夫妻の子息アントニオ・レハノ2世でした。
2000年に判決が言い渡され、6人に対しては終身刑、そしてベッドシーツなどの証拠物件を焼却したとして警察官1人に12年の懲役刑が言い渡されました(他2名は行方不明)。2004年には控訴裁判所が刑を確定していますが、その後控訴手続きがなされ、現在最高裁判所で審議中です。
本来、刑事訴訟では、被告人に対して合理的疑いを越える証明ができない限り、無罪となりますが、この事件には判決が言い渡された後にも様々な疑問点があり、しこりが残る裁判でした。特にウェブ容疑者は事件当時、米国にいたと証言し、旅券、関連書類、動画、写真、そして80人にもおよぶ証人が証言したにも関わらず有罪となっています。
ウェブ容疑者は、レイプ後に殺害された被害者より採取されたとされる体液と自分のものが一致するかどうかを調べるDNA鑑定を1997年から要求していましたが、地裁と控訴裁判所に却下されました。その背景として、フィリピンでは2007年までDNAの鑑定結果が法廷の証拠に利用できるという法律が制定されていなかったためだと言われています。
今年4月23日、最高裁判所がウェブ容疑者のこの要求を初めて受け入れ、DNA鑑定の実施を決定しました。
しかしながら4月27日、今まで国家捜査局が保管していると思われていた、被害者から採取された加害者の体液といったDNA鑑定に必要な証拠物件を、同局が保管していないことが判明。同局によると、これらの証拠物件は、当時裁判が行われていたパラニヤケ地方裁判所に全て提出したとのことでした。
本来、DNA鑑定資料は-80℃で保管しなければならないようですが、たとえ対象となる資料が見つかったとしても、適切な状態で保管されていたかは疑問です。
この点について、娘2人と妻を殺害されたヴィスコンデさん(事件当時仕事で米国に出張中)は、DNA鑑定に焦点が絞られた場合、資料を不完全として容疑者らが釈放されることを恐れて、最高裁判所に対し、DNA鑑定実施の撤回を求める懇願書を提出する構えを見せています。
事件発生からもうすぐ10年。裁判が開始してから既に5年が経過したこの事件は、以前ほど脚光は浴びなくなったものの、いまだに解決する気配がありません。
フィリピンでの裁判は、日本のように短期間で解決するケースは極めて少なく、裁判沙汰になりそうな事件に巻き込まれないよう日ごろから注意して行動することはもちろん、仮に巻き込まれてしまった場合でも、極力裁判にまで発展しないよう予防策を講じることが最も重要です。
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